見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

『震える牛』

震える牛
相場英雄(著)


ここに書かれていることは過去に実際に起きた痛ましい事件の暗示かもしれない。
あるいはこれから起こる暗い未来の予言かもしれない。


そう思えるほどに、現代社会の闇を生々しく描写している。

“幾度となく、経済的な事由が、国民の健康上の事由に優先された。秘密主義が、情報公開の必要性に優先された。そして政府の役人は、道徳上や倫理上の意味合いではなく、財政上の、あるいは官僚的、政治的な意味合いを再重要視して行動していたようだ”


上記は、この小説の冒頭で引用されている、エリック・シュローサー(Eric Schlosser, 1959/08/17-, アメリカのジャーナリスト)の著書『ファーストフードと狂牛病』の文章。この小難しい文章を、誰にでもわかるように、現実よりもリアルに、何よりも雄弁に、描き直されたものがこの『震える牛』という小説だといえるだろう。

“直面している大きな課題は、市場の道徳観念の欠如と効率性とのあいだで、しかるべき落としどころを探ることだ。事由を謳う経済システムは、しばしばその事由を否定する手段となってしまう。二十世紀の特徴が全体主義体制との闘いであったとすれば、二十一世紀の特徴は行き過ぎた企業権力をそぐための闘いになるだろう。極限にまで推し進められた自由至上主義は、おそろしく偏狭で、近視眼的で、破壊的だ。より人間的な思想に、取って代わられる必要がある”


“そもそも消費者とは、われわれ全員のことだ。この国最大の経済的集団であり、どんな経済的集団であり、どんな経済決定にもことごとく影響を受ける。消費者は重用視すべき唯一の集団である。しかし、その意見はないがしろにされがちだ。政府はいかなるときも、消費者の①知らされる権利、②選ぶ権利、③意見を聞いてもらう権利、④安全を求める権利を擁護しなくてはならない”


現代社会の闇に目をつむり、大人の嘘を鵜呑みにしてしまう、楽観的で馬鹿正直なあなた(俺もか?)には、ぜひ読んでいただきたい。


世の中、「知らなかった」では済まされないことがある。
知らないということは、ただそれだけで、時に罪深い。


アフリカで起こっている紛争の実態。中国で起こっている迫害の実態。メキシコで起こっている麻薬戦争の実態。東南アジアで起こっている森林破壊の実態。日本のコンビニやファストフード店で起こっている食品廃棄の実態。あるいは、原子力ムラの実態。
知ったところでどうにもならない、と人は言うかもしれないが、知れば誰でも嫌悪するこれらの問題を、誰も知らないままに解決することは絶対にできない。


何も知らないままに安穏と生きていられないこの世界を、非常に不愉快に思う。だが同時に、このような救いのかけらもない真っ黒な事実を勇気をもって直視することこそが、この世界に生きる人間の最低限の義務なのかもしれない、と思うようになってきた。


本書はその「真っ黒な事実」の一部を、エキサイティングかつ安全に案内してくれるだろう。
逆に、エリック・シュローサーの上の文章を完全に理解できる人にとってはただの娯楽にしかなり得ないかもしれない。そのような方に本書を勧める理由は特にない。


この相場英雄という人物、小説家の他にジャーナリストとしても活動しているようだ。
震える牛』とも関連した記事がこちらのサイトで読める。


相場英雄の時事日想


見聞読考録 2013/10/05