見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

ライム病疑惑

腰が痛いから皮膚科に行こう、という意味不明のエントリーを残したのは、6月19日のこと。あれからかれこれ3週間、ようやく本調子に戻りつつある。しかし思い返してみても、これまで経験したことがないほど、ひどい腰痛であった。


特に何か重い荷物を持ったわけでもない。ちょっと徹夜が続いたが、それにしても不自然な痛み方。休めど眠れどちっとも楽にならない。そもそもいかなる体勢を取ろうと緩和されないはこれ如何に?付きまとう痛みや何かに憑かれたような気だるさに、不吉なものを感じていた。ああ、これはついにアレをもらってしまったのではなかろうか、と。


痛みを最初に感じたのは6月11日。大勢を前にセミナーをするためにデスクワークが続いていた。きっと腰が凝ったのだろう、という程度にしか考えていなかった。それから医者にかかる20日まで、日に日にひどくなる痛みに悩まされることになる。最後の方なんかは、仕事も手に着かなかった。ああ、父親がときどき苦しんでいる腰痛というのは、こんなにも辛いものだったのか、鼻で笑ってすみませんでした、もうしません、とどれほど思ったことか。


あの腰痛と気だるさは、ライム病の症状だったのではなかろうか。抗生剤を服用してから急速に回復しているところを見ても、そう思える。


ライム病は、スピロヘータ目の Borrelia 属に分類される細菌が、マダニを介して人に感染することによって引き起こされる人畜共通感染症である。アメリカのオールドライム地方(Old Lyme)で最初に確認されたことに因む。実は、痛みが現れた日から遡ること2週間と少し前に、屈斜路湖湖畔と斜里岳の麓でシュルツェマダニに咬まれていた。2日間で3匹のマダニにやられるという災難であった。
一般に、ライム病の初期症状(インフルエンザなどの症状に似る)が現れるまでに通常2〜3週間の潜伏期間があると言われるが、それともよく合致していた。


これまでにマダニに咬まれた回数は両の手に収まらないが、いずれも咬まれたときから遅くとも12時間以内には確実に気づいていた。今回も、2匹は咬まれた瞬間に、もう1匹も6時間以内には取り除いている。それでも間に合わなかった、ということだろう。確かに少し腫れはしたが、ライム病に特徴的な遊走性紅斑は見られなかったと思う(背中側だったので、見逃したのかも)。


不安を残したまま臨んだ中国での調査は、今だからこそ言えるが、まったく本調子ではなかった。初日などは、ワゴン車の座席の上で、密かに脂汗をかいていたほどだ。何しろ体育座りすらできないという有様だったのだ。膝を胸に押し当てることなんか芸当に近かった。今から思うとぞっとする事態だ。腰が曲がらない、ということがどれほど辛いことなのか痛感した。図らずも数週間の高齢者体験をしたようだ。


徐々にいつもの体調を取り戻しつつある今日この頃、久々に山を歩いてきた。まだ病み上がり感の否めない7月7日、テントを担いでの8時間以上に及ぶ山歩きはなかなかにハードだったが、むしろそのお陰でほぼいつも通りの状態に回復したような気がする。調査で訪れた礼文島にテンションが上がって、回復したような気がするだけかもかもしれないが、一先ず腰痛の症状も落ち着いたようだ。あーヒヤヒヤした。やれやれ。


でもマダニの問題はこれからもまだ付きまとう。海外でも至る所でマダニとそれによって媒介される病気が猛威を振るっているからだ。
今年はあともう一度だけ、海外に行く予定がある。次は8月10日から10日間、野外調査のためにモンゴルに行く。隣接するロシアでは、ライム病なんかよりもっともっとヤバイ、ヨーロッパダニ脳炎という病気を媒介するマダニがいるという。とある情報によると、モンゴルも北の方はダメかもしれない。ちなみに今年行くのは、北の外れ、ほとんどロシアみたいなところ。どんぴしゃだ。困った。


品川イーストクリニック


それならば予防接種を受けよう!と思ったのだが、どうも日本では“認可されていない”とかで受けるのが難しいらしい。一部の個人経営の病院が、ニーズに合わせて独自に輸入しているだけだという。札幌では受けられない。仙台でも受けられない。ヨーロッパダニ脳炎に関して言えば、過去に一度だけ日本でも発症例があるのにも関わらず、である。この体たらくをどうしてくれよう。厚生労働省はいったい何をやっているのだ。今や狂犬病のワクチンでさえ、渡航前に接種できないというのだから耳を疑う。日本という国はもう少し民の安全に気を配ってほしいものだと思う。


仕方がないので、直前に東京で受けることにした。1.5ml の予防注射に1万5千円。高い。この野郎、足下見やがって。
これを時間を置いて3回やらなければならない。が、時間がないので、2回目以降は帰ってきてから。それでもやらないより少しはマシでしょ。


見聞読考録 2013/07/09