見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

フィリピンを襲った台風30号

フィリピンが大変なことになっている。
特にレイテ島、サマール島は被害が凄まじい。いずれも昨年自分が歩いた土地だ。


フィリピン台風,道路寸断・通信不通 死者1万人の恐れ - 朝日新聞デジタル, 2013/11/11

飲まず食わずで死者からも略奪、フィリピン台風被災地 - AFPBB News,2013/11/11


台風が来たら学校休めるね!なんて、昔は無邪気に喜んでたもんだが、その正体はとんでもない力を秘めた自然災害そのもの。ヒトが逆立ちしたって敵わない。ただ通り過ぎるのを待つだけ。まさに神頼みの典型みたいなものだ。
今回の台風は改めてそれを知らしめた。



日本の例でいうと、伊勢湾台風(1959年9月,国際名:Vera)が記録が残っているもので最も大きな被害をもたらした台風として有名だ。その時の死者・行方不明者 5,098人、被災者数 153万人、全壊家屋 36,135棟、半壊家屋 113,052棟、流失家屋 4,703棟、床上浸水 157,858棟、船舶被害 13,759隻。GDP 比被害額は、関東大震災東日本大震災と比較されるほどであるというから驚く。
伊勢湾沿岸に上陸した時点での伊勢湾台風の勢力は、中心気圧 929hPa、風速 45m/s 以上、瞬間的には 65m/s、台風の直径 600km という数字で表される。いずれも破格の数値だ。65m/s は時速に変換すると 234km/h なので、それをまともに受けるということは、壁と屋根を取っ払った新幹線に乗るようなものだ。そんな風圧をモロに受ければ、簡単に座席から吹き飛ばされてしまう。呼吸すらままならないことだろう。
要は中心気圧が低い方が台風はより凶暴で巨大になると基本的には見て良い(原理は Google 先生に尋ねられたし)。


さて、今回のフィリピンに上陸した台風“Haiyan”はどの程度の規模だったのだろう。フィリピン気象庁によると上陸時の規模は以下の通り。
中心気圧:895hPa。
風速:87.5m/s。
瞬間風速:105m/s
台風の直径:800km


895hPa!!


105m/s!!
=378km/h!!!!


上陸したものでは観測史上最大の風速を記録したらしい。観測史上最強クラスの台風の直撃を受けたのだ。もはやその情景を想像することすらできない。


風速 105m/s といえば、むしろ竜巻を引き合いに出した方が理解しやすいかもしれない。
風速 105m/s。EF4〜EF5(EF:改良藤田スケール,詳しくは Goog 以下略)の竜巻に匹敵する風速だ。以下にそれによって想定される被害状況を転載する。

EF4(推定風速 75–89m/s)
壊滅的な被害。建て付けの良い家やすべての木造家屋は完全に破壊される。車は小型ミサイルのように飛ばされる。


EF5(推定風速 90m/s 以上)
あり得ないほどの激甚な被害。強固な建造物も基礎からさらわれてぺしゃんこになり、自動車サイズの物体がミサイルのように上空を100メートル以上飛んでいき、鉄筋コンクリート製の建造物にもひどい損害が生じ、高層建築物も構造が大きく変形するなど、信じられないような現象が発生する。EFスケールが導入された2007年2月1日以来、2013年5月までにこの階級の竜巻は全米で9例確認されている。

(いずれも Wikipedia より)


定義を記述しているのに、“あり得ないほど”とか“信じられないような”なんていう言葉で語られるところが面白い。言葉にできない感がビンビン伝わってくる。


竜巻といえば、今年9月16日に埼玉県熊谷市滑川町で立て続けに発生し、負傷者 6名,全半壊家屋 24棟の被害を出したものが記憶に新しい。しかし、それら2つの竜巻でさえ、いずれも F1(推定風速 33–49m/s)クラスのものだ。あれだけ恐ろしい自然災害に見えた埼玉の竜巻でさえ“F1(≒EF1)”なのだ。


全体を見ると発生割合 1% 以下と言われる EF4〜EF5 クラスの竜巻にも匹敵する暴風が、直径数百km という超大型台風のサイズでやってくると考えると戦慄する。何時間も吹き荒れられていては、屋内にいても安全とは言えない。鉄筋コンクリートのマンションだろうと高層ビルだろうとただでは済まされない。基礎から根こそぎ飛ばされるかもしれない。途中でポッキリ折れるかもしれない。


観測史上最大というのは、台風に限った話ではない。
ハリケーン。サイクロン。呼び名は違えどいずれも本質的には同じものを指す。


ハリケーンといえば、2005年8月にアメリカを襲った“Katrina”を思い出す人も多いだろう。1,500人以上もの犠牲者と、2兆円にも及ぶと言われる経済的な打撃を同国に与えた。上陸時の中心気圧は 920hPa。広大なアメリカ大陸を飲み込むように迫る衛星写真が印象的だった。


そんな歴史的な超大型台風も今回のフィリピンの台風と比較するとこの通り。まるでありきたりな通常の台風のように見えてしまうから驚く。


そしてその甚大な被害を与えたのは風だけではない。
特に厄介なのは高潮なのだという。伊勢湾台風のときも同じことが考察されている。


フィリピンの台風の被害を写した写真にこんなものを見つけた。浜に大型漁船が打ち上げられている。まるで東日本大震災のとき津波に押し流された気仙沼市の“第18共徳丸”のような様相だ。


台風に伴うこの高潮を時に“気象津波”と呼ぶことがあるという。
この現象は“吸い上げ”と“吹き寄せ”によって起こる。


気圧が 1hPa 下がると、潮位は約 1cm 上昇すると言われている。通常時(1013hPa)と比較して考えると、フィリピンの台風“Haiyan”が上陸したとき海面は通常時より 118cm も上昇していた計算になる。海抜 1m 未満の土地は全て水浸し。街は水没するだろう。風なんか吹かなくても、すでにこれだけで甚大な被害をもたらすことは目に見えている。


加えて、90m/s もの風である。これによって、“吹き寄せ”の効果が“吸い上げ”による海面上昇に加わる。

台風により沖合から海岸に向かって強い風が吹くと、海水は海岸に吹き寄せられて海岸付近の海面が上昇する。潮位の上昇は風速の2乗に比例し、風速が2倍になれば海面上昇は4倍になる。これが吹き寄せ効果だ。さらに遠浅の海や、風が吹いてくる方向に開いた湾の場合、地形が海面上昇を助長させるように働き、特に潮位が高くなると説明されている。

フィリピン襲った恐怖の「気象津波」 「吸い上げ」と「吹き寄せ」で4、5メートル高波 - JCAST ニュース,2013/11/11


だから、台風の接近時には海に近づくべきではない。


特に海を相手にする生物学者が危険を省みず調査に出かけるのを見ると、本当に心配になる。フィールドを相手にする人間は、自分の興味の対象だけでなく、その場所で起こりうる現象を幅広く学んだ方が良い。そういう想像力がリスクを回避し命を留めることに繋がるはずだ。


台風の上陸時、レイテ島には 4〜5m もの高波が絶え間なく押し寄せていたと推定されるそうだ。低い土地は水没、地上部は大型の竜巻にも匹敵するレベルの強風。もし自分がそこにいたら、果たして生き延びられるだろうか。推定死者数1万人以上はハッタリではないと思う。義援金などもすでにいろいろなサイトで受け付けているようだ。



裏路地に集う子どもたち(フィリピン・セブ島,2012/05/16)


参考資料:
猛烈な台風ハイエン、フィリピンに上陸 - CNN.co.jp, 2013/11/08
最近発生した事例一覧(速報) - 気象庁


見聞読考録 2013/11/13