見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

小笠原旅行記 2.兄島 その一 2010/02/26-03/02

いよいよ調査本番。
調査地は兄島、父島から北に800mに位置する属島。面積7.87km2。


調査の目的と題して、今日はちょっとまじめな話。


そもそも今回の調査の動機は、小笠原諸島世界遺産に登録する動きに端を発している。その計画は今まさに進行しており、2010年1月26日、小笠原諸島世界遺産一覧表に記載するための推薦書がユネスコ世界遺産センター提出された。


世界遺産登録に向けた最大の障壁は、外来種問題だ。現在、小笠原諸島には数々の困ったちゃんが侵入してしまっている。島によっては素人目から見てもう手遅れなのでは・・・と思えるほどに。


例えば、最も問題が深刻なのが父島。北米原産の爬虫類“グリーンアノール”は小笠原固有の昆虫相を食い荒らし、中南米原産の両生類“オオヒキガエル”は飽くなき食欲を満たすべく土壌動物を求めて地面を這い回る。人体にも寄生する悪名高き寄生虫“広東充血吸虫”を媒介する“アフリカマイマイ”、陸生巻貝の悪夢から生まれたような最強最悪の偏食家“ニューギニアヤリガタウズムシ”、乾燥に強く植生ばかりか土壌環境まで変えてしまうオーストラリア原産の裸子植物“モクマオウ”、繁殖力旺盛なメキシコ原産のマメ科木本“ギンネム”、スーパーラット“クマネズミ”、元家畜“ノヤギ”、元ペット“ノネコ”・・・挙げていけばきりがないほどの招かれざる問題児たち。純粋無垢な小笠原の生き物はこれらのツワモノを前になす術を持たない。


しかし、幸いなことに兄島の事情は父島ほど深刻ではない。
ここで最も問題視されているのは“クマネズミ”。植物の種実、草本の茎、樹皮剥離、野鳥の卵、陸生巻貝など、ありとあらゆる動植物を捕食することが知られている。この度、このクマネズミに白羽の矢が立った。



林床に転がるカタマイマイ類の死殻。兄島にて。殻の一部をえぐったようなクマネズミによる捕食痕が生々しい。カタマイマイ類は属レベルで小笠原諸島固有、その全てが国指定天然記念物に登録されている。


根絶に向けた計画は島全体に大量のネズミ捕り用のカゴを仕掛けると同時に、殺鼠剤を大量に撒き散らすという大胆なもの。ちなみに殺鼠剤には毒性の弱いヤソヂオンが用いられている。
今年1月、ついに計画が実行に移された。今回の貝類の調査は駆除事業後、最初の調査ということになる。



殺鼠剤の傍らに横たわるクマネズミの死骸。クマネズミにだけ有効な毒って聞いたけど、どういうことだろう?


同時に調査していたクマネズミバスターズの調査結果では、数百の罠に一匹のクマネズミもかかることはなかったという。
これから先、兄島のカタツムリの個体数は増加するのか?
痛々しい死殻を見ることはなくなるのか?
定期的な調査が待たれる。


2010/03/28 見聞読考録