見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

ケルンのクリスマス


ドイツ第四の都市,ケルンで過ごすクリスマスの夜。


本場ドイツのクリスマスマーケットを堪能するぞ!と意気込んでいたのに,いざ着いてみればどこもかしこも見事に閉鎖されていた。クリスマス只中の 24・25 日は,完全にお休み!とのこと。再開は 27 日から。なんてこった。。


さすがに日本とは全然違う。クリスマスはまさに,休暇なのだ。家族や大切な人とゆっくり過ごしなさいと,そういうことなのだ。マーケットを開いて,人を働かせるなんてもってのほか,ということなのだろう。なるほど,これはこれで本場のクリスマスを堪能できたと言えよう。


しかし!
しかし,だ!


これではあんまりだ,いくらなんでも!
このまま引き下がるわけにはいかない!


せっかくここまで来たのだから,クリスマスらしいことのひとつくらいはしてみたい。


幸いにして,教会の類は開いているので,いくつか巡ってみることにした。中でも,ケルンの代名詞とも言える,ケルン大聖堂 (Kölner Dom) は,やはり外せないだろう。中央駅を出ると目の前にドカーンと聳えている。157m を誇る圧巻の大聖堂の双峰は,1880 年完成当時,建築物として世界一の高さを誇った。今でも世界最大のゴシック建築として,名を馳せている。キリスト教の目指した一つのカタチを体現していると言えよう。


観光客の雑踏を掻き分け,内部を歩くと,高く高く伸びる長い天井と,長大で精巧なステンドグラスの数々に,思わず息を呑むほどだ。奥の間には,ローマ帝国の意匠を汲むような見事なモザイク画も見られる。赤や黒の法衣を身に纏う聖職者の姿も多い。


せっかくキリストの生誕祭であるこのクリスマスに,由緒正しきローマカトリックの大聖堂に来たのだから,ここはひとつ無宗教だなどと無粋なことを言わずに,敬虔なクリスチャンの流儀に則って,世界の恵まれない人々に思いを馳せながら,これまでの日々と人生を思い感謝を捧げてみよう。世界平和の日にローマカトリックの教皇フランシスコもそんなことを言っていたし,流儀としては間違っていないだろう。良く知らないけど。


クリスマスの只中に,クリスマスマーケットが全域閉店。それがどうした,上等じゃ。こうなりゃ意地でもクリスマスしてやるわ。おお,やったるわ。


そう意気込んで,ここのところ気に入ってよく聞いている Ed Sheeran の The A Team を耳に,周囲の雑踏を強制的に排除する。頭蓋に響く美しい音と,荘厳な教会の佇まい,さらには音の消えた雑踏の景色とが合わさって,楽曲のプロモーションビデオの中に迷い込んだような錯覚に陥る。随所に設けられた膨大な数の蝋燭の匂いと暖かみが,心に染み入るようだ。人の祈りには蝋燭の灯がよく似合う。


終いに,中央の椅子に腰掛けて,当初の予定通り,この世界に思いを馳せた。本気で音楽に耳を傾ける。


これが,良くなかった。The A Team は Ed Sheeran の曲の中で,個人的に一番好きな曲なのだが,如何せん歌詞が壮絶で,救いがなく,悲しすぎる。クリスマスに荘厳な教会の奥底で,独り祈りを捧げながら聞いて良い類の曲ではなかった。


The A Team - Ed Sheeran
https://www.youtube.com/watch?v=UAWcs5H-qgQ


Cause we’re just under the upper hand
And go mad for a couple grams
And in a pipe she flies to the motherland
And sells love to another man
It’s too cold outside
For angels to fly
An angel will die
Covered in white
Closed eyed
And hoping for a better life


もうだめだ,悲しすぎる。止めどなく,それはもう止めどなく,涙が溢れ出る。そもそもこれは冬の曲なのだ。それがまた灰色の雲が立ち込めるクリスマスのケルンの寒空に良くあっていて,それはもうどうしようもなく心に響いた。


Ed Sheeran の曲でもうひとつ,Small Bump も聴いてみたが,教会で聴くそれは,それはもうものすごい破壊力であった。ダメ押しとばかりに,頬を伝う涙を止めようがない。嗚咽をこらえるので精一杯。その場で干からびるかと思うほどであった。


Small Bump - Ed Sheeran
https://www.youtube.com/watch?v=A_af256mnTE


Cause you were just a small bump unborn for four months then torn from life
Maybe you were needed up there but we're still unaware as why


ひと通り泣きはらしたあと,ふと横を見やると,老齢の男性と目が合った。ので,一目散に逃げた。


外に出て街を彷徨う間も,世界が灰色に見えるほどのダメージを隠しきれない。大聖堂の隣に設けられた壮大なクリスマスツリーのイルミネーションもふと油断するとあっという間に涙で霞む。ヨーロッパの基準で言えば家族や大切な人と心温まるひと時を過ごすはずのクリスマスを,日本の基準で言えば恋人と甘いひと時を過ごすはずのクリスマスを,まるで聖職者のごとく世界に祈りを捧げるということの重みを噛みしめるようだった。これほどまでに壮絶なクリスマスは送ったことがない。


結論。いくらクリスマスマーケットが閉まっていて憤っていたとしても,博物館や土産屋が軒並みお休みだったとしても,似合いもしない聖職者のように振る舞って無理やりクリスマスを満喫しようとしてはいけない。うっかり精神的に立ち直れなくなる恐れがある。


こんな素敵な曲を量産している Ed Sheeran だが,恐らく最も売れているであろう Shape of You は,一変して全面的に欲に塗れている。これを聞けば,ケルン大聖堂で独り,世界の行く末を嘆いた祈りも,恵まれない人々を思って流した涙も,一瞬でどうでも良くなる優れものだ。


Shape of You - Ed Sheeran
https://www.youtube.com/watch?v=JGwWNGJdvx8


I'm in love with the shape of you
And last night you were in my room
And now my bedsheets smell like you
Every day discovering something brand new
I'm in love with your body


もはや清々しいほどに煩悩に溢れている。今年売れた曲なので,それはもう街中至るところで,例えば若人の集うケルンの野外ステージでも,流れていた。これこそまさにクリスマスに不似合いと言わざるをえないが,うっかり負ってしまった心のダメージから立ち直れないといけないので,街を練り歩きながら聴いておいた。


おかげで,クリスマス本来の思想を体現しようという一連の試みも全くの台無しである。所詮,僕などは聖職者の柄ではないということだ。たいへん勉強になった。


見聞読考録 2017/12/25