見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

Village Count

スピッツベルゲン島のニーオルスン基地に滞在して三週間,周囲の景色も見違えるほどに変わった。雪も溶け,ツンドラに緑が映え,ホッキョクギツネの冬毛も生え変わりつつある。


そんな中,日に二回,欠かさず続けているのが,カオジロガンの飛来数調査である。ニーオルスン基地の中をでっかい望遠鏡を肩に歩き,どの場所に何羽いたのかを記録する。足輪のついているものについては,個体番号を記録し,パートナーがいるか,ヒナを連れているか,何をしているのか,などを詳細に記録していく。これを僕らは Village Count と呼んでいる。



観察対象のカオジロガン。池を泳ぐ右下の二羽はコオリガモという別の子。


僕の研究ではないので,手伝いでやっているわけだが,朝夕の二回に渡って半ば強制的に外に出されるこの定期観察は,周囲の環境を観察するに当たって極めて有益である。おかげさまで,過ぎゆく季節の些細な変化にも,極域ならではの動植物の機微にも,十分に触れることができている。光ファイバーを通じて降り注ぐ大量の書類仕事に,ややもすれば引きこもりかねない現状に,ほどよい刺激を与えてくれている。


昨晩も長靴を履いていつもの周遊コースをぷらぷら歩いていると,仲良くなったおじさん(研究者かなぁ?)が建物の中から,コンコンと窓ガラスをノックして合図してくれた。気がついて振り向くと,どこから取り出したのか,A4 用紙いっぱいに印刷した親指を立てた「Good」のサインを満面の笑みで見せてくる。間違って親指が下に向いて「Bad」のサインになっていること気づいて,慌ててひっくり返す様がとても微笑ましい。


なんていいひと。なんていいおじさん。
そのおじさんに限らず,ニーオルスン基地にいる人達は皆,ひとがいい。
これくらいの小さなコミュニティの方が,人は平和に過ごせるのかもしれない。


というわけで今日も,野帳を片手に Village Count へ。


見聞読考録 2017/07/05