見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

住民票が作れない問題

転入届を出すのは,転居から二週間以内とされているらしい。日本国内での転移ならば,直前の管轄から住民票を発行してもらえば良いだけなので,ニュージーランドのような先進国と比較すれば不満はあるものの,割と楽である。

 

しかし,私の直前の居住地はニュージーランドであった。2018年7月,ニュージーランドに1~2年のあいだ移住するにあたり転出届を出した。短期間と言えど数多の日本の納税義務から逃れるためには避けようのない手続きであった。

 

そして,今月の帰国に至る。新しい所属先からも住民票のコピーを提出するよう求められているし,何よりも住民票がなければ日本の誇る皆保険制度の恩恵に与り,保険証を作ることもできない。それなのに,海外から帰ってきたというだけで,たかだか転入届の提出というしょうもない手続きにとんでもない労力を強いられている。

 

私のように日本国籍を持ち海外から再転入する場合,本籍地から戸籍謄本を取り寄せ,自身の証明とする必要があるらしい。私の本籍地に問い合わせてみると,住所の確定しない者の場合,本人受取は不可との回答を得た。運転免許証に記載されている住所に送るという。しかし,私のように海外への転出届を提出した者については,運転免許証に記載されている国内の住所にいるはずがないとみなされ,戸籍謄本が送られてくることはないそうだ。住民票という所在地の確定のために必要な戸籍謄本と取り寄せるにあたり,本人の住まう国内の住所が必要,というのはどういうことか。これほどあからさまな堂々巡りを久しぶりに見た気がする。海外からの転入を想定しきれていないと言わざるを得ない。現代社会を取り巻くグローバル化の潮流などなんのその,とんでもない島国っぷり,呆れ果てるほかない後進国っぷりである。

 

それでは,どうすれば良いのか。親族などに代わりに受け取ってもらうということになるらしい。そのためには依頼先に委任状を送り,依頼した人物に確認を行った上で郵送されるという流れになるそうな。あまりに面倒で,アホらしい。

 

それにもし,天涯孤独な人物であったならどうすれば良いのか。住所を持たぬ流浪の身であったならどうすれば良いのか。

 

ユーラシア大陸にはジプシーと呼ばれる定住地を持たぬ民がいる。モンゴルには,移動式住居・ゲルを携え,羊と共に草原を生きる遊牧民がいる。日本より小さな島国であるニュージーランドでさえ,ショーやダンス,占いなどの活動を生業としながら家族共々,ニュージーランド国内を転々とするサーカス団があった。

 

本来ならば日本にも彼らのように様々な生活様式を持つ民がいて良いはずだ。しかし現状,彼らは日本では生きていけないだろう。何しろ放浪を良しとする旅のヒトは,転入届すらまともに出せやしないのだから。基本的な人権の尊重など,夢のまた夢である。なぜ日本ではこれほど住所を大事にするのか,私には理解できない。

 

どこにいようと私は私だし,いつでも新鮮な刺激を求める私のような根無し草は,無為にひとところに留まることを良しとしない。身分証明などパスポートのひとつもあれば良いはずではないのか。

 

もし万が一,重要書類を送る宛先が必要だからというのが,住所が必須とされる理由であるならば,それはとんでもない時代錯誤な発想と言わざるを得ない。書類など,ウェブ上からダウンロード,もしくはメールで送って貰えれば済むはずだ。未だに紙媒体に頼っているようでは環境危機に対応できず,日本はいつまでも地球の資源を食い荒らし続けることになる。科学技術の発達したこのご時世に,江戸や明治と変わらぬ手書きと郵送とを続けているというのは,いったいどういうことなのか。紙を消費し CO2 を排出し,労力をかけて印刷し,時間をかけて配送し,また膨大なエネルギーをかけて返送するなんて馬鹿げたことを,未だにやっているというのはどういうつもりなのか。ウェブ上に個々人のページを作成して入力すれば,数分で済むような内容ではないのか。

 

もちろん近年の技術の進歩に置き去りにされつつある人々もいるだろう。老人をないがしろにできない,という話も耳にする。しかし私に言わせればその考えは,ご老人をバカにしていると思う。私が数年の時を過ごしたオランダやニュージーランドの街にも当然,ご老人が大勢住まれていたが,スマホでの操作や,役所に設置されたタッチパネルの自動入力を皆そつなくこなされていた。もしわからない方があれば,それこそ役所の担当者が手取り足取り教えてあげれば良いだけのことである。

 

もし現代の日本が,ご老人を盾に変化を拒むような状況にあるならば,それは優しさでも何でもない。怠惰で不勉強で面白みのない愚か者の国ということになろう。地球資源の不当な搾取と大量消費の基に成り立っていた,バブル時代の栄光はもう二度と来ない。いつだって我々は,変化を恐れず柔軟な発想を持たねばならない。一刻も早くそれをなさねば,日本はもうすぐにも沈没するだろう。

 

とにもかくにも。概算すると住民票を入手するためだけに一ヶ月ほどの日数を必要とするようだ。それがない限り,子供らの転校もままならないし,制服だって買えやしない。年度の変わり目から数えて一ヶ月間も余裕を持たせたというのに,初っ端から躓いてしまった。日本のシステムは,ああ,なんて優秀なんだろう。ふざけてる。

 


見聞読考録 2020/03/10