見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

THE LAB

科学研究における不正を防ぐためのプログラムを受けた。


研究活動に関する不正防止研修(2017 改訂版・日本語)という DVD を見て,内容を理解し,テストに回答するというものだった。海外に出張中の身の上なので,DVD という処置が取られたのかもしれない。


研究活動というものは往々にして,科学とは関係のない様々なしがらみを伴い,様々な摩擦の中で行わなければならないものである。他の研究者との競争もあるだろうし,研究室のボスからの重圧もあるかもしれない。金銭的な支援を受けている企業からの圧力だって考えられる。


そんな中でも科学に対して誠実に,科学倫理に則って研究を行うことは,研究者として何よりも重要なことである。というより,それができないのであれば,研究をしてはいけない。どんなに素晴らしい発見をすることよりも何よりも,まず第一に守らなければならない科学研究の大前提である。


それは良い。それはわかっている。そして,ヒトは過度のストレスにさらされた時に,その大前提すら守れないことがあることも,理解しているつもりである。問題は,なぜそういうことが起こってしまうのか,どうすれば起こらないようにできるのか,ということである。


違うだろうか,いやそのはずだ。


なのに,このプログラムの内容はなんだ。


例えば,選択式のテストに記載されていた下記のような「誤り」の文章。


・科学の発展を進めるためには,さまざまな研究活動に関して,法令や規程,ガイドラインを守らないことも,時には必要である
・寄附金を財源とする研究においては,寄附者の了解があれば,捏造は認められる
・万が一,悪意の不正行為の申し立てがあった場合に,調査が実施できないよう,論文発表後は速やかに関係する研究資料を処分する必要がある
・科学者の名の下,研究の自由は無制限に認められており,科学者は何をやってもよい存在である


いったいどこの誰が,これを選択するというのか。
ふざけるな,馬鹿にしているのか。


読まされる身にもなって欲しい,人様の時間をなんだと思っているのだ。
まさに時間のムダ,そのものである。


不正が起こる背景にある問題は,内容を理解しているかどうかとか,そういう小手先の問題ではないはずだ。


例えば,指導教官が怖すぎて教官の言うことに逆らえず,ついには教官の提唱する仮説に沿うようなデータを学生が改ざんしてしまう,とか。
例えば,有名になりたくて,でかい発見をしたようなデータを捏造してしまう,とか。
例えば,お金が欲しくて,研究資金を私的に流用してしまう,とか。


3 つ目の動機などはもはや論外だが,それでもそういう事例は後を絶たない。 1 つ目なんかはあってもおかしくない,世界のどこかではきっと実際にあっただろう。2 つ目の内容などは STAP 細胞の事件などがまさにこれに近い,実際の動機など知らないが。


そういう背景にある動機に着目しなければ,不正を防ぐことなどできはしない。


例えば,北大でちょっと前にとんでもない不正をやらかした研究者がいたが(動機は 3 つ目),彼(彼女)なんかが研究者の倫理を理解していなかったとは思えない。理解した上でやっていたのであろう。


人を殺しておいて,「人を殺してはいけないと知りませんでした」なんていう囚人はまずいない。人間社会のルールを知りながらも,何らかの理由で殺してしまうのが普通だろう。研究倫理についても,それを理解しているかどうかなどもはや問題ではない,いかなる理由があろうとも絶対にやってはいけない,ということを理解させることが重要なのだ。


だからテストなどやっても意味はない。
DVD を見せるのなら,見た,という証拠さえあればそれで十分なはずだ。


それに DVD の内容も散々であった。
極めて正確に,相当に難解な文章で,非常に事細かく,それでいて雑多に説明されている。


正確なのは良い。それは良い。


難解な文章で表現するのは,良くない。せっかく画像を見せているのに,文字の羅列ばかりというのも芸がない。あるいは,今回のような場合では仕方のないことかもしれない。これほどシリアスな内容を平易な言葉や図で説明するのは,確かに難しいだろう。


事細かく雑多なことは時に非常に問題がある。北大のシステムがどうだとか,どこどこの部署がなんだとか,そういう細部をいちいち説明して必要以上に分量を多くしては,本当に重要な話の肝が見えなくなってしまう。たったの 10 だけ知っておけば良かったものを,100 も無理やり詰め込まれたせいで,最も大切な最初の 10 が抜け落ちてしまっては意味がない。終いには何も頭に残らないということにだってなりかねない。


一介の研究者が知っておくべきことと,事務員や管理者が知っておくべきこと,あるいは研究室の責任者や総長のような人物が知っておくべきことの全てを,ごちゃっと一括りにして,数年先には北大にいるかどうかもわからない若造に見せてどうしようというのか。


何のために。


何 の た め に !!


本当に防止する気があるのか,と首をかしげずにはいられない。
ちゃんと考えて欲しい。


すぐに目的を見失って,手段が目的になってしまうのは,日本人の得意とするところである。
北欧にいるとそう感じることが多い。


恥ずかしいことである。
自分が愚かであるということを,端的に示しているのだから。


恥ずかしいことこの上ない。
作成者は反省して欲しい。


かたや,U.S. Department of Health & Human Service の提供する,不正防止プログラム "THE LAB" などは極めて秀逸である。


それぞれの立場の葛藤や不正の動機,研究室内外の摩擦と,その先に待ち受ける未来を上手く表現している。それから,その悪夢のような未来を避けるにはどうすべきかもきちんと提示されている。どういう研究機関がどのようなサポートをしているのか,どのような手段が有効なのかも。


驚くべきことに日本語版もある。素晴らしい。なんと親切な。


THE LAB, U.S. Department of Health & Human Service
https://ori.hhs.gov/thelab



これを見れば,研究不正というものが決して他人事などではない!と誰もが思うことだろう。全ての研究者が見ておいて損はない。いや,是非とも見て欲しい。物事の選択肢が増えどんどん複雑になっていくこの社会において,科学に誠実な研究者であり続けるためには,他人事ではないと個々人が認識することが何よりも重要なのかもしれない。


これと比較して,北大のは非常に残念な出来であった。
ついには 3 択の問題が羅列されたテストって。はっ,馬鹿馬鹿しい。


僕には北大の DVD は,研究者が不正をしたときに北大が言い訳をするための布石にしか思えなかった。


見聞読考録 2017/09/01