見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

Bar Duty

毎週水曜と土曜の夜には,基地の Bar がオープンする。
特に土曜の夜は盛大だ。21:00~02:00 まで,スタッフのやる気次第では,朝までオープンすることもある。


暗幕で遮光された店内の照明は極めて暗い。
夜のない白夜の Ny-Alesund で唯一,夜のある空間だと僕は思う。
よほど暗い夜に飢えているのではないだろうか。


必要以上に冷房の効いた東南アジアのホテル。
熱帯の動植物の絵柄に溢れたロシアの民家。
そして夜のない Ny-Alesund の夏に開かれる,盛大な暗闇の宴。
ないものを贅沢と思うのは,またそれを求めてしまうのは,人の世の常であろう。


それはまた,目の前のものの大切さに,人はなかなか気づけないということでもある。
人間社会に根付く多くの問題は,実はこれに起因すると僕は思っているのだが,これはまた別の機会に。


さて Ny-Alesund の Bar で何より特徴的なのが,基地に滞在する人々が持ち回りで,Bar のスタッフを担当することだろう。
そして昨晩,ついに僕の番が廻ってきてしまった。


そもそもバーテンなんてやったこともない。ジントニックやラムコークみたいな簡単なのすら作ったことがないのに,Ny-Alesund Coffee って何よ。何なのよ,そのオリジナルカクテルは。


だいたいいろんな国の訛りで注文をもらっても,何を言われているかわからない。
夜も更けて,漆黒の闇が包む頃,なんていう頃は夏中来ることはないのだが,皆の酔いが廻る頃になると,ますます何を言われているのかわからなくなる。
聞き取れない理由のほとんどが,単に知らない名前のカクテルだから,というのが更に質が悪い。


結局のところ,どうやって役をこなしたのだろう。
何が何だかよくわからぬままに,めまぐるしく時は過ぎ,気づけば時計の針は AM 02:00 を廻り,全ての客を追い出す頃には AM 03:00 をゆうに廻っていた。


最後の方は上半身裸になった男たちと,薄着の女たちが入り乱れて,フロアで歌い踊り狂っていた。
皆が去ったあとには,カーテンは壊れて落ちているし,千切れた腕時計が床に転がっているし,凄まじい有様だった。


いや,もうなんなのあれ,すごい。まぁ,楽しんでくれたようなので,良かったということにしよう。
去り際には皆,口々に感謝の言葉を述べて去っていったので,きっとそれなりにうまくやれたのだろう。


もう二度とやりたくないけど。


見聞読考録 2017/07/30