見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

『兵隊を持ったアブラムシ』

兵隊を持ったアブラムシ
青木重幸(著)


"社会生物学 Sociobiology" という学問がある。その名の通り、生物の社会行動の機能や進化的なメカニズムを扱う。親が子を守るのはなぜか、群れはどのようにしてできるのか。そういう問題を扱う分野である。
その中でも、巨大なコロニーを作り、カースト分化を起こす社会性生物は、社会生物学の花形と言って良いだろう。そのような生物を真社会性生物という。代表的な真社会性生物の例として、アリやハチ、シロアリなどが分かりやすい。女王がいて、ワーカー(労働者)がいて、兵隊がいる。時期により雄も出現し、次世代の女王が巣立つ。だいたいこんなシステムが、典型的とみて良いだろう。こんな説明では専門家が見たら怒り出すかもしれないが。近年では、それ以外にもハダカデバネズミテッポウエビなんかも真社会性をもつことが分かっている。


特筆すべきは、典型的な真社会性生物では、女王以外の個体が子孫を生産しないということである。生物を生物たらしめている一要素ともいえる自己複製を、ワーカーや兵隊が放棄しているようにみえる。このことが、長らく多くの科学者を悩ませて来た。種の起原を記し、自然選択説を唱えたダーウィン(Charles Robert Darwin)も、ついにはその謎に適切な答えを与えられずにいる。今でこそ、多くの知見が得られている真社会性のシステムだが、その昔、真社会性生物の存在は、その存在自体が大きな謎だったのだ。
かの有名なハミルトン(William Donald Hamilton)が血縁選択説を提唱し、現在でも多くの人々に指示されるもっともらしい説明を与えたのは、1964年のこと。ダーウィンの時代から実に100年近くも解かれずにいたということになる。それほどの難問だったといえるだろう。そして、ハミルトンによる血縁選択説は、今なお議論の対象になるほどの大きな論争を科学界に引き起こした。

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さて、前置きが長くなった。『兵隊を持ったアブラムシ』の著者、青木重幸博士は、アブラムシ類でも真社会性が存在することを最初に発見した、業界では知られた超有名人だ。本の内容は、青木さんの行った研究と数々の大発見を綴った自伝といえる。お隣さん曰く、「数ある自伝の中でも最高傑作」とのこと。


で、早速読んでみたわけだが、、これは本当にすごい。34歳という若さで書かれた内容とはとても思えない。


まず何より研究内容がすごい。タイトルにもあるアブラムシの兵隊の発見、幹母(アリでいう女王)による定住型と分散型の子の生み分けと分散型の分散のメカニズムの解明(面倒なので説明略)、アブラムシにそっくりな形態を持つ捕食者の発見。Nature,Science 級の研究成果をバンバン出している。あまりの成果に、ハミルトンが感激し、青木さん個人宛てに手紙まで出しているということからも、そのすごさが分かるというものだ。


加えて面白い。30年も前に出された本とは思えないほど、新鮮に感じられる。学生時代の失敗、新しい考えに至るまでの経緯、大発見をしたときの興奮。研究論文には決して表れない裏舞台が赤裸々に語られている。研究の酸い甘いがギュッと凝縮されたような一冊だ。


また研究意欲を刺激されるという点も特筆に値する。これまで、どちらかというと社会性昆虫というものがあまり好きではなかった。アリとかハチなんかと野外で見ていると、社会性であるが故の反則的な強さが卑怯に思え、げんなりしていたのだと思う。そのげんなり具合は、実際に虫採りをしてみればわかる(もちろんアリやハチを採りにいくのであれば話は別だ)。昆虫を探してわくわくしながら倒木を起こす。そんなとき、そこにアリがびっしりとついていたりすれば興ざめだ。
そんな僕でも、社会性アブラムシの面白さに魅了され、気づけば真社会性昆虫の世界に引き込まれていたのだから驚く。それほどまで魅力あふれる著作だった。そしてついには、自分でもこの生き物を研究してみたいと思わされてしまった。


最近、これと似たような本をたくさん読んでいるような気がする。前に紹介した細将貴さんの『右利きのヘビ仮説』や、これから紹介する(予定の)前野ウルド浩太郎さんの『孤独なバッタが群れるとき』と丸山宗利さんの『アリの巣をめぐる冒険』などはまさに青木さんの著作と同じく、若くして書かれた自伝といえよう。どの著作からも、それぞれに独自に、それぞれに信念をもって研究に取り組んでいる様子がうかがえる。成果だけ見ても、いずれも相当なものだ。本当に良い刺激になる。


そういう研究者に自分もなりたい。


見聞読考録 2013/04/25