見聞読考録

進化生態学を志す研究者のブログ。

『右利きのヘビ仮説』

右利きのヘビ仮説ー追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化
細将貴(著)


著者の細将貴さんは以前、僕と同じ研究室に所属していた。その先輩が単著の本を出版したのは、今年の2月のこと。


本を手に取ったのは3月の中頃のことだったか。読み切るまでに3日とかからなかった。これほどまでにのめり込むように本を読んだのはいつぶりだろう。
僕が本を読むペースには周期性がある。寝ても覚めても読書に耽る時期と、ほとんど本に手をつけない時期とを、いつからか繰り返している。この『右巻きのヘビ仮説』の本を読むまでの数ヶ月は本を読むペースの遅い時期が続いていた。しかし、この本をきっかけにまた読書熱が再発したようだ。次から次へと新しい本に手が伸びる。旅の間はさすがに控えたものの、ここ7日間で3冊の単行本を読んでしまった。昨日も書店に並ぶ本を購入する衝動を抑えきれず、5冊もの単行本を手に大学生協のレジに並ぶ自分に呆れたばかりだ。困ったものである。きっかけを意識したことはこれまでなかったが、今回は明らかにこの本が原因だ。面白い本との出会い(と、おそらくは面白くない本との出会い)が、僕の読書の周期性を形成しているのかもしれない。


内容は詳しくは書かないが、簡単に言えば、カタツムリしか食べないヘビと、その捕食から逃れるために進化したカタツムリの話。・・・表題のまんまだな。
でもこの本の面白いところは、その現象の面白さに留まらず、それを考えたとき、証明したときの、経緯や感動までが事細かに書かれていることだ。主人公である著者の苦楽を追体験するような、小説的な要素が含まれている。しかも、研究者らしい簡潔な文章で、コネタまで挟んで。
学術的に面白い、あるいは、読み物として面白い、という本は多いが、その両方を達成している本はそれほど多くないと思う。そんな本に出会ってしまっては、こうして書き留めておかずにはいられない。


僕が今の研究室に所属してから3年の間に、研究室にいた先輩のうち2人が単著の本を出したことになる。もう1人は、『怪物狩り』を出版した小塚拓也さんだ。
ジャンルは異なるが、どちらも素晴らしい本だ。意欲的で、躍動感あふれる、面白い作品だ。本当に面白い。ぜひいろんな人に読んでもらいたい、と僕が思うまでもなく、どちらも十分に売れているんだろうと予想する。


身近な人が、それも年齢の近い人が、本を書くというそれだけで、自分にとって良い刺激になる。自分がもし本を書くとすれば、それはいつになるだろう。そもそも書けるだろうか。


自分には小説は書けないだろう。それほどまでの文才も想像力も持ち合わせてはいない。
経験、あるいは冒険に基づくノンフィクションはあるいは可能かもしれない。これまでに経験した、無謀な冒険やドジな失敗はそれなりに多い方だと自負している。でもそれでも、『怪物狩り』には適わない。同じジャンルでは、遥かに見劣りすることを避けられない。
よって、もし本を書くとすれば、学術的な専門書か、『右巻きのヘビ仮説』のような一般書か、いずれにしても今の研究に基づいた本ということになろう。低い可能性の中ではそれが一番ありそうに思える。


その点を鑑み、この『右巻きのヘビ仮説』の本は自分を焦らせた。当たり前のことだが、サイエンスのような専門性の高い内容で優れた一般書を書くことは、同じ内容で専門書を書くことよりも遥かに難易度が高い。一般書と専門書では目を通す人の数が違う。専門的な内容を一般書として出版するためには、誰もが理解できる言葉で、退屈しない文章で、満足できる内容を書く必要がある。この本は間違いなくそれを達成していた。
自然現象を説明する仮説を観察や実験によって検証しようとする自分のスタンスは、著者によく似ていると思う。だからこそ、悔しいと思う気持ちを抑えられない。これを超える本を書けるだろうか、と自問する。無理だ。考えるまでもない。


・・・少なくとも今の僕には。


見聞読考録 2012/04/24